神戸地方裁判所 平成9年(ワ)311号 判決 1997年12月16日
甲事件原告
大東京火災海上保険株式会社
被告
衛藤亮介
乙事件原告
東京海上火災保険株式会社
被告
濱田琢哉
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告に対し、金一〇二万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告は、乙事件原告に対し、金六万二七〇〇円及びこれに対する平成七年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用の負担は次のとおりとする。
1 甲事件原告及び甲事件被告に生じた分を三分し、その一を甲事件原告の負担とし、その余を甲事件被告の負担とする。
2 乙事件原告及び乙事件被告に生じた分を二分し、その一を乙事件原告の負担とし、その余を乙事件被告の負担とする。
五 この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
甲事件被告は、甲事件原告に対し、金一六三万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
乙事件被告は、乙事件原告に対し、金一二万五四〇〇円及びこれに対する平成七年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により車両損害を被った乙事件被告と自動車保険契約を締結していた甲事件原告が、右保険契約に基づいて乙事件被告に保険金を支払ったことにより、乙事件被告の甲事件被告に対する損害賠償請求権を取得したとして(商法六六二条)、甲事件被告に対して右保険金の一部について求償を求める事案(甲事件)、及び、本件事故により車両損害を被った訴外衛藤国勝(以下「訴外国勝」という。)と自動車保険契約を締結していた乙事件原告が、右保険契約に基づいて訴外国勝に保険金を支払ったことにより、訴外国勝の乙事件被告に対する損害賠償請求権を取得したとして、乙事件被告に対して右求償を求める事案(乙事件)である。
なお、付帯請求は、甲事件については本件事故の発生した日から支払済みまで、乙事件については保険金支払の日の翌日から支払済みまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
二 争いのない事実等
1 交通事故の発生(当事者間に争いがない。)
(一) 発生日時
平成六年一一月一五日午前〇時二〇分ころ
(二) 発生場所
神戸市西区押部谷町栄二五―一先路上
(三) 争いのない範囲の事故態様
右発生場所は、ほぼ東西に走る道路である。
甲事件被告は、普通乗用自動車(神戸三五つ三六六〇。以下「衛藤車両」という。)を運転し、右道路の南側にあるビデオショップの駐車場から、右道路に入って東に進行しようとしていた。
他方、乙事件被告は、普通乗用自動車(神戸三三る五七五〇。以下「濱田車両」という。)を運転し、右道路を西から東へ直進しようとしていた。
そして、右道路上で、衛藤車両の左後部に濱田車両の右前部が衝突し、その反動で、濱田車両は左前方の路外に逸走し、左側歩道のさらに左側にある鉄柵に衝突した。
2 乙事件被告の責任原因
乙事件被告は、本件事故の直前、時速約一〇〇キロメートルで濱田車両を運転していた。
そして、これが本件事故の一因となっているから、民法七〇九条により、乙事件被告は、衛藤車両に生じた損害を賠償する責任がある。
3 損害の発生
(一) 濱田車両は乙事件被告が所有するものである。そして、本件事故により、乙事件被告は、濱田車両に修理費用金二〇五万円を要する損害を被った(甲第四号証、検甲第二号証、乙事件被告の本人尋問の結果により認められる。)。
(二) 衛藤車両は訴外国勝が所有するものである。そして、本件事故により、訴外国勝は、衛藤車両に修理費用金一二万五四〇〇円を要する損害を被った(検甲第三号証、乙第三、第四号証、甲事件被告の本人尋問の結果により認められる。)。
4 保険契約の締結と保険金の支払
(一) 甲事件原告と乙事件被告とは、濱田車両につき自動車保険契約を締結しており、これに基づいて、甲事件原告は乙事件被告に対し、平成六年一二月二二日、濱田車両の修理費用金二〇五万円を支払った(甲第四号証により認められる。)。
(二) 乙事件原告と訴外国勝とは、衛藤車両につき自動車保険契約を締結しており、これに基づいて、乙事件原告は訴外国勝に対し、平成七年三月二八日、衛藤車両の修理費用金一二万五四〇〇円を支払った(乙第四号証により認められる。)。
三 争点
本件の主要な争点は次のとおりである。
1 本件事故の態様及び甲事件被告の過失の有無、過失相殺の要否、程度
2 甲事件原告及び乙事件原告が請求しうる金額
四 争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張
1 甲事件原告、乙事件被告
(一) 乙事件被告は、本件事故の直前、濱田車両を時速約一〇〇キロメートルの速度で運転していた。
そして、進行方向の右側に位置するビデオショップの駐車場から自車の進行方向前方の道路に右折進入しようとする衛藤車両を約五〇メートル手前で発見し、注意喚起のためにクラクションを鳴らすとともにブレーキを踏み、ややハンドルを左にとりながら進行した。
ところが、衛藤車両が停止せずに進入を継続したので、乙事件被告は、さらにブレーキを踏みながらハンドルを左にとったが、左車輪が道路左側の歩道との間の縁石に接触し、その反動で、右前方に逸走して衛藤車両の左後部に濱田車両の右前部が衝突した。さらに、右衝突の反動で、濱田車両は左前方に逸走し、左側歩道に乗り上げ、さらに左側にある鉄柵に衝突した。
(二) したがって、衛藤車両が道路外から無理に進入し、右折途中に本件事故が発生したというべきであり、本件事故に対する甲事件被告の過失の存在は明らかである。
そして、濱田車両の速度違反の点を考慮しても、本件事故に対する過失の割合は、甲事件被告が七〇パーセント、乙事件被告が三〇パーセントとするのが相当である。
2 甲事件被告、乙事件原告
(一) 甲事件被告は、道路外にあるビデオショップの駐車場から道路に右折して進入するにあたり、左右の安全を充分に確認した。そして、一五〇ないし二〇〇メートル西(甲事件被告からみて左)に東進してくる濱田車両を認めたが、充分な距離があったため、右折進入を開始した。
そして、衛藤車両が右折を完全に終えて直進状態になった後に、後方でクラクションが鳴り、甲事件被告は、自車の後方に濱田車両が接近してくるのを認めたため、危険を感じて自車に急加速の措置を講じたが、濱田車両が衛藤車両に追突してきた。
なお、右追突地点は、衛藤車両が右折を終えてから約二秒後であり、距離にすると約二六メートル直進した後である。
(二) 右事故態様によると、本件事故は追突事故と評価することができるものであり、甲事件被告には過失はない。
五 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
六 本件の口頭弁論の終結の日は平成九年一一月四日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故の態様等)
1 甲第二、第三号証、検甲第一号証、乙第一号証、甲事件被告及び乙事件被告の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故の発生場所である東西に走る道路は、片側一車線、両側合計二車線の道路であり、北から南に向かって、幅約一・五メートルの歩道、幅員約三・五メートルの東行き車線、幅員約三・〇メートルの西行き車線、幅約一・〇メートルの路側帯、幅約五・〇メートルの歩道が設けられている。
そして、歩道と車道及び路側帯とは、段差のある縁石によって画されている。また、北側の歩道のさらに北側には、東西に神戸電鉄粟生線が走っており、歩道と右線路敷との間は、鉄柵によって画されている。
(二) 甲事件被告は、道路外にあるビデオショップの駐車場から道路に右折して進入するにあたり、約一二〇メートル西の交差点のさらに西側に、東進してくる濱田車両を認めた(なお、衛藤車両と濱田車両との相対的な位置関係については、客観的な数値を認めるに足りる証拠はなく、以下、深夜に発生した本件事故において、当事者の認識した距離を認定するにとどめる。)。
そして、右距離のみで自車が先に道路に右折進入することができると判断し、右折を開始した。
(三) 他方、乙事件被告は、進行方向の右側に位置するビデオショップの駐車場から自車の進行方向前方の道路に右折進入しようとする衛藤車両を約五〇メートル手前で発見し、注意喚起のためにクラクションを鳴らすとともにブレーキを踏み、ややハンドルを左にとりながら進行した。
ところが、衛藤車両が停止せずに進入を継続したので、さらにブレーキを踏みながらハンドルを左にとったが、左車輪が道路左側の歩道との間の縁石に接触し、その反動で、右前方に逸走して衛藤車両の左後部に濱田車両の右前部が衝突した。さらに、右衝突の反動で、濱田車両は左前方に逸走し、左側歩道に乗り上げ、さらに左側にある鉄柵に、約一二・五メートルにわたって接触し、これを大きく左に倒しながら停止した。
2 甲事件被告及び乙事件原告は、本件事故の発生場所は、衛藤車両が右折を終えてから約二秒後であり、距離にすると約二六メートル直進した後である旨主張し、乙第一号証(乙事件原告と契約している調査会社作成の調査報告書)の中の甲事件被告の供述部分及び甲事件被告の本人尋問の結果の中には、これに沿う部分がある。
しかし、これを客観的に確定する証拠はない上に、検甲第三号証、乙第三号証によると、衛藤車両の損傷は、左後部、特に左後輪付近にも生じていることが認められ、本件事故が追突あるいはこれに近い状態であったとまでは認めることができない。
さらに、前記のとおり、濱田車両は衛藤車両との衝突後、左側歩道に乗り上げ、さらに左側にある鉄柵に約一二・五メートルにわたって接触した後に停止したのであるから、右衝突後、歩道に向かって進入した角度は浅かったことを推認することができる。そして、これと検甲第一号証の第四葉目の写真(ただし、赤色ボールペンでの書込み部分を除く。)によると、衛藤車両が右折を完全に終えた後に本件事故が発生したとの甲事件被告及び乙事件原告の主張を認めるには躊躇が残る。
3 本件事故の直前、濱田車両が時速約一〇〇キロメートルで走行していたことは当事者間に争いがないところ、乙事件被告が、本件事故の直前に自車に適切な制動措置を講じたことを認めるに足りる証拠はない。
すなわち、1冒頭に記載の証拠によると、本件事故の発生場所付近には濱田車両のブレーキ痕が残されていないことが認められる上、前記のとおり、濱田車両は、歩道に乗り上げた後、約一二・五メートルにわたって鉄柵と接触し、これを大きく左に倒しながらようやく停止したことが認められ、乙事件被告が、ある程度は自車に制動措置を講じたことは認められるものの、それが適切で、充分であったものとは到底認めることができない。
そして、本件事故前の濱田車両の速度が約一〇〇キロメートルであったことは当事者間に争いがなく、これらによると、本件事故に対する乙事件被告の過失はきわめて重大であるというべきである。
他方、右各証拠によると、甲事件被告が路外の駐車場から道路に右折進入するにあたり、甲事件被告は、東進してくる濱田車両を見た後に、その動向を充分に注視したとまでは認められず、むしろ、その距離のみで(しかも、その距離は、夜間において前照灯のみで判断したことが認められる。)、自車が先に道路に右折進入することができると速断したことが認められる。
そして、これらの事実によると、甲事件被告には、道路外の駐車場から道路に右折進入するにあたり、左から直進してくる濱田車両の動向を充分に確認することなく右折を開始した過失が優に認められ、しかも、衛藤車両が路外から道路に進入しようとしていたことに照らすと、その過失の程度はきわめて重大であるというべきである。
結局、以上で認定した各事実によると、本件事故に対する過失の割合を、甲事件被告が五〇パーセント、乙事件被告が五〇パーセントとするのが相当である。
二 争点2(甲事件原告及び乙事件原告が請求しうる金額)
1 甲事件原告
(一) 保険代位しうる金額
前記のとおり、本件事故により、乙事件被告は、濱田車両に修理費用金二〇五万円を要する損害を被り、甲事件原告は乙事件被告に対し、平成六年一二月二二日、保険契約に基づいて、右金員を支払った。
そして、争点1について判示したとおり、本件事故に対する乙事件被告の過失の割合を五〇パーセントとするのが相当であるから、乙事件被告が甲事件被告に対して請求しうる金額は、右修理費用から右過失割合を控除した残額である金一〇二万五〇〇〇円である。
したがって、甲事件原告が保険代位により取得し、甲事件被告に対して請求しうる金額も右同額である。
(二) 弁護士費用
甲事件原告は、商法六六二条により、保険金を支払った限度において被保険者が第三者に対して有する権利を取得するにすぎないから、これと別個に、当然に弁護士費用を請求することができるわけではない。
そして、甲事件被告の応訴が不法行為にあたるなどの特段の事情の認められない本件においては、甲事件原告の弁護士費用金二〇万円の請求は失当である。
(三) 遅延損害金
甲事件原告は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。
しかし、甲事件原告は、商法六六二条により、保険金を支払った限度において被保険者が第三者に対して有する権利を取得するにすぎないから、対応する金額を支払っていない本件事故の発生した日から保険金支払いの日までの遅延損害金を当然に請求することはできない。
そして、甲事件原告の乙事件被告に対する保険金支払により、本件事故の日から右保険金支払の日までの遅延損害金は乙事件被告に帰属し、右保険金支払の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金は甲事件原告に帰属すると考えられること、甲事件被告の甲事件原告に対する債務の履行期は、右保険金支払の日であると解されることを考慮すると、甲事件原告の遅延損害金は、右保険金支払の日の翌日から発生すると解するのが相当である。
2 乙事件原告
前記のとおり、本件事故により、訴外国勝は、衛藤車両に修理費用金一二万五四〇〇円を要する損害を被り、乙事件原告は訴外国勝に対し、平成七年三月二八日、保険契約に基づいて、右金員を支払った。
ところで、弁論の全趣旨によると、訴外国勝は、甲事件被告が衛藤車両を運転することを許諾していたことが認められるから、甲事件被告の過失は、被害者側の過失として、訴外国勝に生じた損害について過失相殺の対象となるというべきである。
そして、争点1について判示したとおり、本件事故に対する甲事件被告の過失の割合を五〇パーセントとするのが相当であるから、訴外国勝が乙事件被告に対して請求しうる金額は、右修理費用から右過失割合を控除した残額である金六万二七〇〇円である。
したがって、乙事件原告が保険代位により取得し、乙事件被告に対して請求しうる金額も右同額である。
第四結論
よって、甲事件原告及び乙事件原告の請求は、主文第一、第二項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)